ウェブの賑わいと「孤独なお茶の間」
テレビに関する研究が教えてくれるのは、それが受け手に強い同質性の感覚を植え付けるメディアだったということだ。たとえばジョシュア・メイロウィッツは『場所感の喪失』の中で、テレビの普及が公民権運動や学生運動に与えた影響について言及している。どちらも、「テレビの中の世界」が「この現実」より優先度の高いものだと認知されたことから生じていたのではないか、というのがそこでの見立てだ。
ただ、そのような同質性の感覚の背景にあったのは、テレビの力というよりは人の力だったんじゃないかという風に思う。代表的な議論は、ラザースフェルドの「コミュニケーションの二段の流れ」というモデルだ。これは、メディアの影響力は人々に直接届くのではなく、オピニオン・リーダーと呼ばれる影響力の強い人を介して周囲に波及するのだという話なのだけど、おそらくお茶の間においても、こうしたオピニオン・リーダーの存在は大きかったのではないか。
たとえば野球中継を見ていても、お茶の間ではお父さんの「ここは交代だろう!」「あんなところに投げたら打たれるに決まってるだろう!」といったヤジが飛ぶ。その中身が正しいかどうかはともかく、一緒にテレビを見ていた子どもは、そこでそのゲームの見方を学ぶ。つまりお父さんはオピニオン・リーダーとして、テレビ番組の解釈権を握っていたわけだ。
テレビのソーシャル化とは、テレビ番組の話題をネットに拡散させるという意味では、この「解釈権」を持つ人々をネットに抱えて、オピニオン・リーダーとフォロワーの関係をオンライン化しようという話なのだと思う。そうしたことは実際にも起こっているし、ステマ的な問題も含め、今後も重要な課題になるだろう。
ところがいまお茶の間で解釈権=チャンネル権を握っているのは高齢者。この人たちの中にもテレビに馴染みのある人は多いけれど、若い人たちの事情にそれほど詳しいわけではないし、関心事はむしろ自分たちの今後。いきおいテレビコンテンツは、まったく分からない人向けに字幕を出しまくり、同じシーンをCM前後で繰り返し放送して、なんとか「分かりやすい」ものにしなければならなくなる。一方で新たな解釈権を握った世代は、そのチャンネル権をテレビ局に対して行使し、フォロワー向けのつまらない番組から離れていく。こうしてテレビの二極化が起きる。
もちろん、この変化はネットやソーシャルメディアの登場で生じたものじゃない。彼ら彼女らの息子娘が家を出て独立したときから、その変化は始まっていたのだ。ソーシャルの外側にいる7割の人たちというのは、きっとこういう「孤独なお茶の間」でえんえんとテレビを見ているような人たちだ。そしてこの人たちを相手にするということは、テレビのソーシャル化とはまったく違う意味で、テレビに再び「社会性」を取り戻すということでもある。というか、街頭テレビにせよお茶の間モデルにせよ、テレビというのはそもそも社会的に見られてナンボ、そこで初めて影響力を発揮するものだったというのが、これまでの研究から見えてくることのはずだ。だとすれば、この人たちを1人でお茶の間に貼り付けている限り、テレビはこの人たちと一緒に消えていくしかない。
いま、アフリカ映画がアツイ!
いままでのアフリカの概念やイメージをひっくり返して、驚きを与えるようなものを選んでいます。それは悲劇であるのかもしれないし、コメディなのかもしれない。映画の表現方法は多種多様だとおもうんですよ。
今回であれば、アフリカとヨーロッパが逆転した「アフリカ・パラダイス」(http://www.cinemaafrica.com/?p=662)という作品を上映します。ヨーロッパが貧困に陥って、超大国のアフリカに移民が押し寄せるという話です。自分のいままでの価値観がひっくりかえるような映画だとおもいます。
そういう面白くて驚くようなものをみると、考えるきっかけができるとおもいます。驚いたり悲しんだり、感情が動くと、もっとアフリカに興味を持てたり、実際にいってみようだとか、具体的なアクションにつながるとおもうんです。ですので、人の感情を動かすものを選ぶというのも、大事な基準にしていています。
もうすでに作り方が失われて再現できないのとかあるよ。
手作業で作るものは職人が技を伝えなかったらそこで途絶える。
138:
チーター(長屋):2012/09/03(月) 11:43:41.61 ID:qD2oP1Zn0
昔古本屋で買った「再現!古代人の知恵と生活」っていう本に載ってる
横井庄一の「私の原始生活」ってコラムがおもしろい
どうやって28年間もジャングルで生き抜いたかが書かれてるんだけど
機織り機自作して洋服を作っちまうんだぜ?
俺はこれを読んでサバイバルは無理だと確信した
142:
ペルシャ(チベット自治区):2012/09/03(月) 11:47:38.75 ID:bQe8hcyd0
»138
あのオッサンはサバイバルの天才だよ。
銃のノズルフラッシュ見てから弾丸避けれたらしいし
145:
マーブルキャット(大阪府):2012/09/03(月) 11:49:25.77 ID:Q0oLxDYV0
»142
>銃のノズルフラッシュ見てから弾丸避けれたらしいし
それは小野田だろ
149:
ペルシャ(チベット自治区):2012/09/03(月) 11:52:16.03 ID:bQe8hcyd0
»145
間違ったすまん
っていうか今の今まで小野田寛郎=横井庄一だと思ってた
161:
マーブルキャット(大阪府):2012/09/03(月) 11:59:36.49 ID:Q0oLxDYV0
»149
小野田寛郎と横井庄一は、その生き残りかたも生き残る動機も根本から違う
小野田は陸軍中野学校の出身で正真正銘のスパイ(情報将校)
日本はアメリカに占領されたものの、
必ず臨時政府が国外に樹立されているものと信じて、自身もフィリピンに潜伏して
フィリピン軍相手にたった2名(最後は一人)でゲリラ戦を戦い、
「捲土重来の日のために」情報収集に当たってた。
自作でラジオもアンテナも作っちゃって情報収集。
ベトナム戦争が始まった時には、いよいよ日本奪還戦争が始まったかと小躍りしたそうだ。
143:
アンデスネコ(東京都):2012/09/03(月) 11:47:56.92 ID:oNMnfOkTP
»138
食べ物に余裕があったからそこまで文化的な生活ができたんだろう。
でもあの人現地人から盗んだりしてたんでしょ?
163:
チーター(長屋):2012/09/03(月) 12:01:11.82 ID:qD2oP1Zn0
»143
今読み返してみてるんだけど
川があって水に困らなかったことが一番大きいって書いてるな。
水浴ができることで皮膚病を防げ、川の生物は食料になり、解体した動物の血を流し、
歩行のときは(一応まだ本人は戦闘中だと思ってるから)
川の中を歩けば足跡がつかない、って理由らしい。
次にヤシの木。果肉やコプラ水は食料になり、
繊維はロープや衣服になり、油もとれるんだそうだ。
服つくるのは文化的ってより、ジャングルじゃ体中が傷だらけになる上、蚊がハンパないらしい。
だからどうしても長袖長ズボンが必要だったんだと。
パゴの木の皮から糸をとり、それをハタで縫って布にし、そっから仕立てるんだけど
服が仕上がるまで半年はかかったそうだ。
あと、モノづくりは精神的な支えになったと書いてある。
「納豆は大豆には戻れないんだよ」と答えられた時の衝撃は忘れられません。
わからないつながりがあっても「思考停止」にはならず、
諦めずにずっと探索し続けるからです。


